Mar 2, 2007

2006 基礎ゼミ・レポート (2007.1提出) M.Y.

M.Y.さん

流行

1. はじめに

流行は私達が日々生活している中で目まぐるしく変化し ている。ファッションや思想等、時代とともにその変化が止むことはない。今回は以下の、流行とは何なのか、ファッションにおける流行は誰が決めているの か、なぜ流行は発生するのかという3点についてまとめていきたい。

2. 流行とは何なのか

「流行」という言葉は様々な意味を持っており、例えば英語の訳語を見てみると、まず、Mode, Trend, Fad, Fashionと訳されることが多い。これは、ある社会のある時点で浸透、普及している思考や表現の形式を指しており、特にファッション(和製英語)に関 しては、服飾や髪型、化粧のスタイル(装い)のことを言う。
また、epidemic, pandemicは、ある感染症が一時的に多発することを指す流行の訳語で、その感染症を「流行性」があると言い、「はやりやまい」と呼ぶ。
日本語の「流行」の語源は、物事が河の流れる様のごとく世間に流布する意味を表す漢語で、徳の広まることや、はやり病(疫病)が広まることを指した。日本においては『流行』は動詞の『はやる』と混同され、使用されるようになった。
また、松尾芭蕉の俳諧理論における「流行」は、時と共に移ろうことを意味する。この「流行」の対義語は「不易(いつまでも変わらないこと)」である。

流行の種類
流行には主に6つの種類、思考や表現の形式としての流行、思想や信仰における流行、美意識に関しての流行、生活用 品・服飾における流行、工業デザインの上での流行、そして感染症と呼ばれる流行性疾患があり、まずはじめに思考や表現の形式としての流行があげられる。流 行の展開過程は、その発生・成長から衰退・消滅までを、いくつかの段階から捉えることが出来る。

  • 潜在期:ある様式が生み出され、それがごく限られた人々に試行される時期
  • 発生期:試行過程を経て、新しい様式の存在が人々に知られ、同調者が現れる時期
  • 成長期:新しい様式に同調する人々の数が増加し、一斉に普及率が拡大していく時期
  • 成熟期:普及が最大の水準に達し、その伸びが鈍化していく時期
  • 衰退期:後発期に採用する人もいるが、それ以上に採用をやめる人の数が増える時期
  • 消滅期:採用する者が少なくなり、その様式が消滅していく時期

次に、思想や信仰においても流行が見られる。例えば、江戸時代のええじゃないかは元々あったお伊勢参りの風習が集団的熱狂状態となり、爆発的に流行した現象である。
ま た、美意識に関して、現代では流行に飛びつくのはまず若者、特に女性である。既成の価値観や規範意識と衝突することが多く、年輩者からは逸脱と見做されが ちである。だが、流行りが廃り始めたら本人達もなぜあのようなものに心を捉われていたのか説明出来なくなることが多い。過去の流行ではガングロ、竹の子 族、ジュリアナの扇子などがある。本人達も今となってはガングロメイクは「ダサい」と感じるのだろう。このガングロメイクを流行の展開過程に当てはめる と、潜在期は1998年頃、当時東京の渋谷センター街を中心に棲息していた女子高生達の間でガングロメイクが発案・試行されていた時期、発生期は彼女達を 中心にガングロメイクを施す女子高生が増えていった時期、成長期はガングロメイクがTVや雑誌等で大々的に取り上げられ、東京近郊だけではなく日本のあち らこちらでガングロメイクを楽しむ女子高生が急増した時期、成熟期はガングロメイクを楽しむ女子高生達が更に増える一方で、「肌に悪い」「ダサい」という 風に感じる女子高生も出てきた時期、衰退期は依然としてガングロメイクを施す女子高生も少なくはないが、彼女達の間で後に訪れる「美白ブーム」の前触れや 当時人気絶頂であった歌手・浜崎あゆみのメイクを真似する女子高生も現れた時期、消滅期は、ガングロメイクは彼女達の間で完全に「ダサい」ものとなり、次 の「美白ブーム」に乗る女子高生や浜崎あゆみのメイクを真似する女子高生が増えた時期となる。
生活用品・服飾での流行とは、ある一定の時期に非常に人気があり、人々の間で広く行き渡っている服飾の様式のことをいう。服飾デザインに関しては流 行の影響が大きく、これらは主に有名服飾デザイナーが作成したデザインが要素となっていることが多い。服装の流行現象には「刺激」と「飽き」の絶えざる繰 り返しがあると推察されている。
工業デザインの上にも流行が見られる。飛行機・船のデザインには速度を上げるため流線型が合理的であったが、流線型が流行した時代(未来派)には機能的な必然性のないものにもイメージ主体で流線型のデザインが用いられた。
感染症と呼ばれるコレラなどの流行性疾患は、はやりやまい等と称されている。過去に流行したものとしては、中世ヨーロッパのペスト、近代ではスペイン風邪などがある。

3. ファッションにおける流行は誰が決めているのか

毎年様々なファッションが生まれているが、ファッションを生み出しているの は現在でもファッションデザイナーの役割である。例えば、流行色についてはまず「JAFCA日本流行色センター(日本ファッション協会内に設置)」が二年 前から実シーズンの流行色をグループ化して選択・設定し、一年半前に発信する。また、「インターカラー」という流行色情報を発表する機関でも同じく実際の シーズンの約二年前に各国代表が集まり協議・決定している。ファッション業界や出版界はそれを参考に、流行色に沿った商品や企画を作成し、トレンドとして 消費者にアプローチ・発信している。
服装や髪型などの流行については、実シーズンの約6ヶ月前にニューヨーク、ロンドン、パリ、ミラノ、東 京の5大コレクションが開催される。そして、そこから雑誌、新聞等メディアでコレクションの情報が報道され一般に出回る(ファッションを生み出しているの はデザイナーですが、ファッションの流行もそれらが一般に出回り生まれることが多いので決めているのもデザイナー(等)(が多い)と言えると思います)。 これはある意味“意図的”に作られている流行だと言えるだろう。

4. なぜ流行は発生するのか

流行の特徴として は、社会のメンバーが一定の行動様式を少なくとも直接には各自の自発意志に基づいて模倣する結果として発生する。流行はファッションの様に人為的に作られ る場合もあるし、人々の全く予想していなかったものが流行り出す場合もあり、それらの現象は心理学的、社会学的な分析の対象となる。マスコミュニケーショ ンの発達した現代社会では、特に流行の周期が短くなっており、爆発的に流行したかと思えば、あっという間に陳腐化する、という現象も多く見られる。

1990年代
・コギャル
この語が本格的に使われ出したのは1996年ごろから。コギャルは茶 髪もしくは明るいメッシュを入れた髪で制服に身を包み、ルーズソックスにローファーを履く。派生して「中学生のギャル」のことをマゴギャルと呼ぶように なった。90年代末には高校を卒業したのに制服を着て街にくりだす「なんちゃってコギャル」も存在した。当時はコギャルブームと言っていいほどの流行ぶり で、ワイドショーや週刊誌を始めとしてメディアでは女子高生・コギャル特集が連日連夜と行われていた。当時は「ルーズソックス」などと絡めて多様なコギャ ル像が構築されて分岐していった。2007年現在では死語に近いが、一部高年齢層向け雑誌などでは使われていることもある。 なお語源については諸説ある。元々は、ロリっぽい雰囲気の(童顔の)ギャルを指すことが多かったが、本格的に使われ始めたのはディスコ・クラブである。エ ントランスチェックの黒服が、深夜入場不可能な女子高校生を区別するために用いるようになった用語であり、語源は「高校生のギャル」、略して「コーギャ ル」である。その後、「コーギャル」→「コギャル」の変化を経て、コ→子であるとの解釈が加わり、現在に至ったものと思われる。一方、1997年東京国際 フォーラムで開催された東京ストリート・スタイル展によると「成蹊や青山学院の付属出身者は中学校の時に既にギャルの真似をしてブランド品を持ったりディ スコに行ったり大人世界へデビューしているのに対して、高校から入学してきた生徒はまだデビュー前である事から、そのデビュー前の生徒を、付属出身者がコ ギャルと呼んだのがルーツと言われている。」とされている。
・アムラー(1996年)
安室奈美恵は1995年以降ソロシンガーとして活躍し、特に小室哲哉プロデュースの楽曲でミリオン セラーを含むメガヒットを連発し大ブレイクした。当時、10代の歌手としての記録を次々と塗り替え、若者のファッションリーダーにもなり、彼女をマネする 女性を“アムラー”(茶髪ロングヘアー・ミニスカート・細眉・厚底ブーツなど)と呼び、1996年の流行語になった。

・クールビズ(環境省:小池百合子)
夏 の職場環境において、過剰な冷房が環境問題の「地球温暖化」、「省エネルギー」(2005年に発効した京都議定書の影響が強い)の観点から重要問題とされ た。その一因として夏期のネクタイや背広が指摘された。このような服装は太陽光などの熱が体内にこもりやすく、冷房の設定温度を低くしがちになる。また、 そのような服装の男性が仕事をしやすい温度まで部屋を涼しくすることが、夏期に軽装となることの多い女性にとっては温度が低すぎてしまうために、結果とし て冷え性になるなど、健康を損ねてしまうことも問題とされた。メディアに登場するスーツを着用する著名人や多くの企業もこのクールビズを採用し、意図的に 作られた流行であったと言えるだろう。

2006年
・エビ売れ(蛯原友里)
蛯原友里は ヤングOLのライフスタイルを扱ったファッション誌『CanCam』の専属モデルとして活動中。雑誌の中で彼女がする可愛い系コーディネートは「エビちゃ んOL」と呼ばれ、エビちゃんOL特集は女子大生・OLを中心に人気を集めている。彼女が身につけている服や雑貨、出演しているCMの商品がよく売れてい るために「エビ売れ」という言葉が生まれた。
 
また、ブームについては何らかの商品や行事、大会と結びついて発生することが多い。多くはまず少数グループの中で評価され、次第にその周 囲に広まっていくというパターンであることが多い。マスコミで取り上げられる様になった頃には、当初のグループでは飽きられていることもあり、やがて誰で も知っている状態になると、ブームのピークは過ぎたといわれる場合もある。ピークを過ぎた後は、一般的なものとして世間に定着するか下火になって沈静化す るかの過程を辿る。そして忘れ去られた頃にブームが再燃する場合もある。

1945年以降のブーム
・ディスコブーム 
1980 年代中期から六本木周辺では、比較的大規模で豪華な内装を売り物にした高級ディスコが隆盛し、全国展開したNOVA21グループの麻布十番「マハラ ジャ」、青山「キング&クイーン」やパチンコ業界で有名な日拓系列の六本木「エリア」「シパンゴ」などが人気店になった。六本木周辺では「マハ・エリ時 代」、全国的には「マハラジャ全盛時代」と呼ばれた。また大和実業グループの日比谷「ラジオシティ」はOL・サラリーマン専門ディスコで、男性はスーツ・ ネクタイ着用の上、身分証明書(社員証)を提示しなければ入店出来ない店であり、一流企業の社章を着け店内で名刺を配る男性サラリーマンの光景がよく見られた。
この高級ディスコブームにより、 高校生や10代は子供としてドレスコードで締め出され新宿や渋谷などの一般大衆ディスコでしか遊ぶことが出来なくなった。そのおかげで六本木周辺などの ディスコは大人が安心して遊べる社交場となり、それまでのディスコは不良が集まる場所といったイメージを一新させ、一般の人達がお洒落して行く流行の発信 スポットとして認知されるようになった。こういった高級指向は、当時のバブル景気下の若者のセンスにもマッチしていた。女性のファッションはDCブランド が中心で「ピンキー&ダイアン」「ロペ」「ジュンコシマダ」などのボディコンやスーツにエルメスのスカーフやシャネルのチェーンベルトを巻きワンレンやロ ングソバージュにクリスチャン・ディオールの「プアゾン」をつけるのが定番スタイルで、男性は「コム・デ・ギャルソン」「ワイズ」「アーストンボラー ジュ」などのDCブランドスーツにシャネルの「アンテウス」をつけるのが人気だった。ちなみにディスコで「ジョルジオ・アルマーニ」などのイタリア系ブラ ンドスーツが流行るのは1980年代後半から1990年代前半になる。
・ガングロブーム
日焼けサロンなどで黒く焼いた顔、若しくは黒系のファンデーションの上に厚塗りの化粧を施したギャルファッ ションの一つ。「ガンガン黒い」の略称が語源とされている(顔黒から来ているという説もある)。『ガングロ』以上に黒くしている化粧の場合は『ゴングロ』 とも呼ばれる。なお、皮膚下のメラニン色素が多い地黒(じぐろ)の人は該当しない。頭髪は茶髪や金髪等に染色しているスタイルが多いが、部分的な色違いの 毛染めであるメッシュを施したスタイルもある。渋谷センター街を発祥とし、1999年に隆盛を極め、2000年に到来した白い肌が尊重される美白ブームに よって終焉を迎えたとされるが、ここ数年の間、毎年夏になると各地で見られ、細く長く続いているスタイルである。ただし、このスタイルの流行は地域差があ り、例えば関西地方においては、隆盛を極めた時期でさえも、街中でこのようなスタイルの少女を見かけることは稀であった。

・レトロブーム
レ トロとは、1950~1970年代くらいの、少し懐かしい流行を今風に取り入れたレトロファッションのこと。レトロは復古調や懐古趣味といった意味を持 つ。ファッションで使う場合は「レトロファッション」の意味で、過去の流行スタイルが新鮮なデザインになって再登場したものをいう。いわば、昔のものが再 評価されたという意味において、リバイバルされたファッションスタイルともいえる。社会に対して、価値観を反映したものともいえる。そんな昔のファッショ ンを取り入れたレトロファッションは、昔懐かしい心地よさを醸しながら、生き方の主張も表現している。

ブームを起こした商品
・ダッコちゃん
1960年7月に発売されて以降若い女性を中心にブーム の兆しが起こった。ぶら下がる機能を活かしてこの人形を腕にぶら下げて歩く女性が時折見られるようになった。マスコミが取材対象とする中で、この商品には 「ダッコちゃん」という愛称が与えられた。テレビに登場した結果ブームに火がつき、注文は大幅に増え、玩具店、デパートでは常に在庫切れとなった。デパー トが販売のために発行した整理券にダフ屋が登場したこともあったという。1960年末までに240万個が販売される大ヒット商品となり、製造元の宝ビニー ル工業所が株式会社タカラ(現:タカラトミー)となる基盤をつくった。

・ハローキティ
発表当初は女子児童向けキャラクターであったが、現在では「親子3代キティファン」というファンも少なくなく、幅広い世代に愛されている。キティグッズを身にまとった若者たちを指す「キティラー」という言葉も生まれた。
ま た、グッズは2004年時点で世界約60カ国で展開されており、日本国外にもファンが存在する。著名人ではヒルトン姉妹やキャメロン・ディアス、マライ ア・キャリー、リサ・ローブ、ブリトニー・スピアーズ、クリスティーナ・アギレラ等がキティファンとして知られる。日本国外では日本のサブカルチャーの代 表的存在の一つとして認識されている。日本では非常に著名なキャラクターであり、販売されたキティグッズは、文房具を中心として食品、パソコンから軽自動 車まで、日常生活のほぼ全領域に渡る。ただし、サンリオは酒・タバコ製品にはライセンスをしない方針をとっているため、この2種に関連する製品(キティ ウィスキー、キティタバコなど)は存在しない。例外としてソフトリカーや喫煙具(ライターやパイプ本体など)のみ許諾が行われることがあり、キティワイ ン、ジッポーライター(誕生30周年の2004年に限定品として発売)は実在する。
また、例として災害時に飛び交うデマ、流行語、ファッション、言語などは全て「ミーム」という仮想の主体を用いて説明出来る。ミーム(meme)と は、いわゆる文化的遺伝子で、文化内の「変異」が「遺伝(伝達)」的に承継され、「自然選択」される様子を進化になぞらえた時、遺伝子に相当する仮想の主 体である。例えば「ジーパンをはく」という風習が広がった過程をミームの視点から捉え直せば、「1840年代後半のアメリカで『ジーパンをはく』という ミームが突然変異により発生し、以後このミームは口コミ、商店でのディスプレイ、メディアなどを通して世界中の人々の脳あるいは心に数多くの自己の複製を 送り込むことに成功した。」(『ミーム・マシーンとしての私』)となり、「ガングロブーム」を捉え直すならば、「1998年頃渋谷センター街を発祥とし た、ギャルファッションの一つである『ガングロ』というミームが当時東京近郊の女子高生を中心に発生し、その後このミームは口コミ、雑誌やTVといったメ ディア等を中心に出回り日本中の女子高生達の脳あるいは心に数多くの自己の複製を送り込むことに成功した。」となる。このミームの訳語としては、模倣子、 摸伝子、意伝子がある。なぜ、人間だけが文化や流行をもつのか。「それは人間にだけ、模倣の能力があるからだ。」(『ミーム・マシーンとしての私』)

5. おわりに

流行とは、ただ単に若者達が有名人の真似をして発生しているものなのではなく、その時代背景や、経済状況、環境、遺伝子に相当する仮想の主体までもが大きく関係していた。また、意図的に作られている流行があるということもはじめて知った。

参考文献
・「現代用語の基礎知識 選」 ユーキャン新語・流行語大賞 全受賞記録  自由国民社  2006年12月21日
 http://www.jiyu.co.jp/singo/
・【ファッション・トリビア】ファッションに関するニュース&いまさら聞けないファッション用語 2006年12月21日
 http://www.fashion-j.com/mt/
・『ミーム・マシーンとしての私』 リチャード・ドーキンス (スーザン・ブラックモア著 垂水雄二訳) 草思社 2000年
・YAHOO!JAPAN 知恵袋  ファッションの流行や流行の色を決めるのは、誰が決めているのですか? 2006年12月1日
 http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail.php?queId=5979869

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